東京高等裁判所 平成8年(行ケ)130号 判決 1997年2月27日
原告
甲野太郎
右訴訟代理人弁護士
秋山昭八
同
吉成直人
被告
日本弁護士連合会
右代表者会長
鬼追明夫
右訴訟代理人弁護士
稲田寛
同
有吉眞
同
矢澤昌司
主文
一 本件訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の申立て
一 請求の趣旨
1 被告が平成八年六月二五日付で行った「本件弁護士名簿登録請求は第二東京弁護士会へ差し戻す。」との裁決を取り消す。
2 被告は、第二東京弁護士会に対し、原告の弁護士名簿登録請求を被告宛て進達することを命じよ。
3 被告は、第二東京弁護士会が行う原告に関する弁護士名簿登録進達を受理し、原告を弁護士として、被告保有の弁護士名簿上に登録記載せよ。
4 (3の予備的請求)
被告が、第二東京弁護士会が行う原告に関する弁護士名簿登録進達に基づき行うべき、被告保有の弁護士名簿に原告を弁護士として登録記載しない処分が、違法であることを確認する。
5 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
(本案前の答弁)
主文同旨
(本案の答弁)
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原処分と審査請求
原告は、平成七年九月一一日、第二東京弁護士会に対し、入会を申し込み、同弁護士会を経て被告に対する弁護士名簿への登録の請求の進達(以下「進達」という。)を求めたところ、同弁護士会は、平成八年三月二六日、原告が弁護士法(以下「法」という。)一二条一項前段所定の「弁護士会の秩序若しくは信用を害する虞がある者」に当たるとして、進達を拒絶する旨の処分(以下「本件原処分」という。)をし、同月二八日、原告に対し、その旨を通知した。しかし、本件原処分には、事実の誤認、法一二条一項前段の規定の解釈適用の誤り、法五五条二項所定の手続を欠如した適正手続違反による原告の権利侵害という重大かつ明白な瑕疵があって無効又は取消を免れないものである。そこで、原告は、同月二九日、被告に対し、(1)本件原処分の取消及び(2)第二東京弁護士会に対する進達を命じる裁決を求めて審査請求をし(以下「本件審査請求」という。)、同年四月七日、行政不服審査法一五条一項五号所定の事項を追完補正した。
2 被告の裁決
被告は、平成八年六月二五日付をもって、本件原処分を取り消したうえ、「本件弁護士名簿登録請求は第二東京弁護士会へ差し戻す。」との裁決をし(以下「本件裁決」という。そのうち、この差戻の部分を特に「本件差戻部分」という。)、同月二九日、原告に対し、その旨を通知した。
3 本件差戻部分の取消を求める請求について
本件差戻部分には、次のような違法があるから、取り消されるべきである。
(一) 本件差戻部分が対象を誤認した異式、違式の裁決である違法
第二東京弁護士会は、進達を拒絶したので、被告にその進達は到達しておらず、右案件は被告に係属していないのであるから、被告がこれを差し戻すことは理論上不可能であり、また、被告に係属した審査請求を差し戻したものであるとしても、第二東京弁護士会には審査請求についての裁決権はないのであるから、いずれにせよ、本件差戻部分は、差戻対象を誤認したものである。
また、本件差戻部分は、原告の申立てに係る進達を命じる裁決の求める申立てに対する裁決とはいえず、かつ、法、行政不服審査法上の根拠を有しない異式で違式の決定であるほか、不告不理の原則に反し、違法であり、無効である。しかし、争訟手続上、審査請求裁決機関である被告によって、裁決という形態で行われた一種の司法処分的行政処分としての公定力をもったものとして現存する以上は、権限ある機関である裁判所によって取り消されない限り、争訟上の意味においては有効に存在することとなるから、原告にはその取消を請求する法的利益がある。
(二) 本件差戻部分について理由附記をしなかった違法
被告は、本件差戻部分の裁決をするに当たって理由を附記していないが、これは、行政不服審査法四一条一項の規定に違反している。
(三) 権利濫用による違法
被告は、原告が上申書及び書証を提出していたのに、僅か一分間の審問をするために原告を名古屋から呼出して、原告に時間と費用を費やさせるという非常識、行き過ぎた嫌がらせ的なやり方、自らの手続においても自ら本件原処分取消の事由とした法五五条二項所定の適正手続を無視するやり方を行ったもので、被告は、このように、どんな理屈をつけても原告の弁護士登録を阻止するという「始めに結論ありき」の姿勢であり、実体規定違反、手続規定違反をも公然、露骨に実行する無法体質を持つものであって、過去に原告が進達を求めた際の対応と変わりはなく、このような被告の度重なる違法行為や、第二東京弁護士会の利益のみを過重し、原告の利益を蔑ろにした本件原処分の内容をも基礎理由として、被告の本件裁決には権利濫用の違法があるというべきである。
4 進達を命じることを求める請求について
原告は、本件原処分には無効取消事由があるから(当審において、主位的に事実誤認及び法一二条一項前段の規定の解釈適用の誤り、予備的に法五五条二項所定の手続の欠如による行政の適正手続違反を主張する。)、被告に対してその取消を求めるとともに、被告への進達を命じる申立てをしたのに対し、被告は、以下のとおり、裁決や判断を遺脱するなどして本件裁決をした結果、法定期間内に右申立てに対する裁決を行わなかったために、右申立ては棄却したものとみなされた。そこで、原告は、棄却したものとみなされた処分の取消と右処分が違法であることの確認及び第二東京弁護士会に対する進達命令の義務づけを求める趣旨で、請求の趣旨2の項のとおり、第二東京弁護士会に対して原告の弁護士名簿登録請求を被告宛て進達することを命じることを求めるものである。
(一) 進達を命じる裁決を求める申立てについて裁決を行わなかった違法
被告は、原告の審査請求に係る前記1(2)の進達を命じる裁決を求める申立てについて、法一二条の二第二項の適用上、本件原処分を取り消したうえ、進達を命じるべきであるのに、これを遺脱したばかりか、本件裁決において、原告のその余の審査請求についてこれを棄却する等の主文を掲げることもしなかった。
(二) 右申立てに対する裁決に理由附記をしなかった違法
被告は、右進達命令の請求を認容しなかった部分について、請求自体を不適法とするのか、請求を棄却するのか、裁決を遺脱したのか判然としない。原告の審査請求を不適法としあるいは請求を棄却したものであれば、その裁決は、行政不服審査法四一条一項所定の理由を附記しなかった違法がある。なお、本件差戻部分によって原告の進達命令の申立てに対する裁決と解することはできない。
(三) 進達命令請求のみなし棄却決定の違法
被告が原告の審査請求に係る前記1(2)の進達を命じる裁決を求める申立てについての裁決を遺脱した結果、本件審査請求に係る争訟物中、進達を命じる裁決を求める申立てに係る部分は、本件原処分の取消を求める部分とは争訟手続上分離され、審査請求として依然被告に係属中のところ、本件審査請求をした平成八年三月二九日から三か月後の同年六月二九日を経過しても被告は進達を命じる裁決を求める申立てに対する処分をしないので、法一六条二項の規定により、その申立ては棄却されたものとみなされるに至った。
第二東京弁護士会は、原告の進達請求に対し、法所定の審査期間の二倍を費やし、かつ、法五五条二項の規定に違反したうえで、本件原処分をし、被告は、法所定の審査期間満了四日前に原告を喚問し、僅か一分間だけ尋問をした。このように、被告は、原告に登録障害の法定理由が存在しないにもかかわらず、故意に進達命令を出さず、差戻という違法な決定を行ったものであって、これは、被告による原告に関する案件についての処理の引延し、原告の登録請求への妨害行為である。こうした点に照らしても、進達命令請求に関する放置行為は、極めて違法性が高く、これに由来するみなし審査請求棄却決定は違法であることが明らかである。
(四) 進達命令請求を容れなかった本件裁決の法五五条二項所定の手続欠缺の違法
法五五条二項の規定によれば、進達を拒絶した本件原処分を可とするときは、原告に陳述等を行わせる必要がある旨定めているから、その反対解釈として、原告の請求をすべて認容する場合は、その手続を行わせる必要がない反面、一部分にしろ本件原処分を可とする場合には、その手続の履践が必要であるとの趣旨に解すべきである。被告は、本件原処分を取り消す旨の法的抽象的な決定を行っただけで進達命令を行っていないから、その限りで原告の進達命令請求を認容していないこととなり、法五五条二項所定の手続の履践が必要となる。ところが、被告は、平成八年六月二五日、原告に対し、審問を行い、当初は法五五条二項の規定による陳述等を求める期日として指定したものの、期日の冒頭、わざわざ右期日を当初予定の法五五条二項のものから同条一項のものに変更する旨宣言し、これに基づき同条一項の規定によるものとして僅か一分間で審問を行いこれを終了し、結局、同条二項所定の手続の履行をすることなく、本件裁決を行った。したがって、被告の本件裁決は、法五五条二項所定の手続を欠くものであって違法である。
(五) 実体的な審査請求理由の判断遺脱の違法
原告は、本件審査請求において、本件原処分の事実誤認及び法一二条一項前段の規定の解釈適用の誤りという実体的理由のほか、本件原処分が法五五条二項所定の適正手続保障条項に違反するという手続的理由を主張し、かつ、右理由は請求理由の客観的併合であることを明らかにして、手続的理由を主位的とし実体的理由を予備的とする予備的構成でも、また、択一的構成でもないことを明示していた。ところが、被告は、本件裁決に当たり、手続的理由についてのみの判断を行い、審査請求の中核というべき法一二条一項前段に規定する要件事実の存否及びその規定の解釈適用に関する実体的理由についての判断を遺脱した。特に、法一二条の二の規定が実体的理由によって弁護士会の決定が取り消された場合にのみ適用され、その他の手続的理由による取消の場合には適用されず、進達命令を出さないという被告の立場からすれば、実体的理由についての判断遺脱は、裁決主文にも影響を及ぼすもので、極めて違法性が高い。
(六) 権利濫用による違法
請求原因3(三)と同旨
5 義務づけ請求及び予防的請求について
(一) 義務づけ訴訟については、係争自体の内容が司法裁判所の判断に適し、また、取消訴訟の方法によっただけでは、国民の権利救済の十全を期することができず、取消訴訟の方法によっては、更に別の訴訟を予定せざるをえないなど最終的救済のため、実質上、迂遠かつ迂回的な手続が必要であり、さらに、右のため時間を要する間に国民の側に著しい損害、又は後日の金銭賠償等では実質上補填できないいわゆる回復不能若しくは回復が著しく困難な損害が生じるような場合は、裁判所は、行政庁に対し、直接義務づけなどの判決をすることができるものと解される。
(二) これを本件についてみると、法一二条一項前段の規定は覊束処分の要件を定めたものであって、被告において政策上の裁量判断権を行使する余地はなく、法一二条の二第二項の規定は一義的かつ明確に進達命令の義務を負わせていて、被告に政策上の裁量判断権を行使する余地はない。このような場合でもなお、行政庁である被告に対して義務づけの判決を下せないとなると、原告は、本件で第二東京弁護士会の再度の進達に関する処分を待たなければ、被告宛の審査請求も行いえないこととなり、さらに時日を経過した後、その処分を不服とし、被告に対して二度目の審査請求を行い、その段階において初めて被告による実体判断を得ることができるのみであり、被告の二回目の裁決を得て、その違法が判明した後、改めて行政訴訟を提起することができるにすぎず、さらに、行政訴訟で原告が勝訴しても、被告は、第二東京弁護士会に対して進達命令を行う義務を負うのみであり、被告の右命令に基づき、同弁護士会が被告宛に進達をしたとしても、進達の前提となる原告勝訴の判決の理由は、理論上、被告に対して進達命令をなすべきとの点で拘束力を及ぼすのみであって、被告は、進達を受けた後、独自の立場で登録の可否を判断する立場にあり、登録拒絶という対応に出る可能性が高く、その場合には、原告は、再度東京高等裁判所へ出訴して、救済を求めざるを得ない。
これまでに、被告は、原告の入会登録を引き延ばし、妨害その他常識外れの嫌がらせの行動をとり、本件裁決においても実質的理由の判断について引延しや妨害のために故意に判断を遺脱し、法五五条二項の規定を遵守せず、法律の規定を無視して進達命令を発しないという引延しや妨害のために何でもするという無法体質と違法精神の欠如の体質を持つものであり、法を無視する体質を示して余りある差戻という法外の決定を行い、本訴においても第一回期日前に答弁書を提出しないなどの引延しの対応があり、訴訟審理の延引結果を招来する本案についての認否や本案についての主張をしない不誠実な答弁書を提出し、答弁書において、仮に進達があったとしても独自に登録自体の可否を決定する旨あえて当然のことを主張する形式を装いつつ暗にたとえ第二東京弁護士会から進達があっても登録手続の段階でこれについて被告自身の判断で拒絶がありうる旨示唆し、現段階においてもなお原告については法一二条一項前段所定の登録事由がないことを主張せず、進達及び登録についてこれを拒否すべきものとの立場を持している。
(三) したがって、原告が本訴において勝訴し、第二東京弁護士会がその判決の拘束力に従い被告に進達をしても、被告が登録審査において登録を拒絶することは明らかである。この結果、原告の弁護士登録の実現と、弁護士業務開始のためにさらに長年月を要することとなり、現在年令六二歳の原告が年令のみを重ねることによって被る損害は物心両面にわたり、人生そのものにわたる損害であって、真に多大で重大なものであり、事の性質上金銭賠償の支払を得たとしても、右の方途では到底償い得るものではなく回復不能である。そして、他の方法による救済は、ないか、ないに等しいものである。
なお、別の理由で既に行政処分が取り消された後に、これを一個の行政処分の一部のみの取消とみて、更に別の理由でその行政処分の残余の取消を求めることが、仮に背理、不適法で、そうした取消訴訟が許されないのであれば、その点は、義務づけ訴訟提起の必要性を肯認する理由ともなるものである。
(四) 以上のとおり、原告は、請求の趣旨2の項のとおり、被告に対する義務づけ訴訟として、第二東京弁護士会に対して進達を命じることを求めるほか、請求の趣旨3の項のとおり、主位的に、予防的な義務づけ訴訟として、進達後、法律上後続する必要、必随の処分であり、その許否が同一規定である法一二条一項前段の規定要件の存否によって決定される登録についても、将来請求としてこれを求め、請求の趣旨4の項のとおり、予備的に、予防的な違法確認訴訟として、その登録をしない処分が違法であることの確認を求めるものである。
6 よって、原告は、被告に対し、本件差戻部分の取消、裁決遺脱によるみなし棄却決定の取消とその違法確認を含む趣旨で、被告に対する義務づけ判決を求めるとともに、主位的に予防的義務づけを、予備的に予防的違法確認をそれぞれ求める。
二 被告の本案前の申立理由
1 審査請求に対する被告の裁決に対して取消訴訟を提起することができるのは、審査請求を却下若しくは棄却された場合又は被告が審査請求を受けた後三か月を経過しても裁決をしないときに限られるところ、本件裁決は、原告の審査請求を認容して第二東京弁護士会のした本件原処分を取り消すものであり、原告から審査請求を受けた日から三か月以内に裁決がされているのであるから、裁決取消訴訟を提起することができるいずれの場合にも当たらず、本件訴えは不適法である。
2 被告は、本件原処分の手続が違法であることを理由として本件原処分を取り消したものであり、これによって本件原処分は全部効力を失った。原告主張の審査請求に係る争訟物は、本件原処分の違法性であって、被告がこの違法性を認定して本件原処分を取り消した以上は、判断の遺脱は存しない。被告の差戻の裁決主文は、行政不服審査法四三条二項の規定に基づき、第二東京弁護士会が改めて処分を行わなければならないことを確認的に明らかにしたものにすぎず、原告の主張するような異式、違式のものではない。本件では、本件原処分は既に取り消されているから、そのうえさらに「差戻」の主文だけを取り消してみても、第二東京弁護士会は、裁決の趣旨に従い、改めて申請に対する処分をしなければならないとの同法の適用まで否定することができるものではないから、原告には、「差戻」の主文だけを取り消す法的利益がなく、訴えの利益は存しない。
3 また、請求の趣旨2の項の進達を命じる訴えについては、法律上許容された訴えには当たらない。法一六条の規定が認めた訴訟は取消訴訟であって、積極的に弁護士名簿への登録を求める訴えができるものではない。
三 本案前の主張に対する原告の反論
1 本案前の主張は争う。本件差戻部分が違法であること、被告が本件裁決において、裁決及び判断を遺脱したこと、原告の義務づけ訴訟が適法であることは、請求原因において主張したとおりである。
2 被告は、本件裁決において、本件原処分を取り消す旨明示しているが、本件原処分の進達を拒絶する趣旨の処分を裁決上取り消してはいないし、進達命令の発付もしていない。したがって、結果において、本件原処分中、進達を拒絶するとの部分は何ら取り消されず、本件原処分のこの部分の効力は維持されている。その意味で、本件裁決は、本件原処分の右部分の効力を維持しているという限りで、一部取消にしかすぎない。
3 仮に、被告が主張するように、行政処分の審査請求の争訟物が本件原処分の違法性であったとしても、通常の行政処分取消訴訟についていわれるのと同様、右は違法性一般というだけでは足りないと解される。現に、被告の主張によっても、法一二条の二第二項の規定に基づく進達命令を発するか否かについて、手続的理由による本件原処分の取消の場合と実体的理由による本件原処分の取消の場合とでは別の効果を持つというのであるから、別異の効果を生じる二種類の取消判決が可能な係争は、それ自体二個の争訟物として理論上構成することができる。行政不服審査法四三条の規定によれば、裁決の拘束力の内容は、その裁決理由により規定されることも明白であって、手続違反の場合には、処分庁はその手続を補正した上での再処分をすべき義務を負うにすぎないから、実体的理由の成否について判断すべき法的義務を手続的理由の成否の判断をもって代替しうる余地などは存しないはずで、被告が本件原処分を取り消した以上はそれで足りるというものではない。被告は、後記のとおり、手続的理由による本件原処分の取消があった場合は、法一二条の二第二項の規定の適用がないとか、適用があっても、被告としては右の場合は進達命令を発する必要がないなどと主張するが、右規定を被告主張のように解すべき実定法上の根拠規定は存在しない。また、同条自体が行政不服審査法の特別規定であるが、手続的理由で本件原処分を取り消した場合、右特別法の適用を排除し、一般法たる行政不服審査法の規定によるべきであるとの点についても、法、行政不服審査法上格別の根拠規定は存しない。
4 仮に、要件効果の異なる二種類の手続的、実体的理由で構成される違法性のある本件原処分の取消請求権を理論上一個の争訟物として観念したとしても、裁決機関があえてそのうちの一つのみを取り上げて判断した以上、一個であった争訟物はその時点で、争訟法の観点からみる限り二個に分離したものである。元来、手続的理由のみを掲げて取消の裁決を求め、あるいは実体的理由のみを掲げて審査請求を行うことが可能であることを考えれば、右二つの理由の両者を併せた審査理由として審査請求をした場合は、審査請求上二個の争訟物が併合請求されていると考えたとしても何の法律上の背理もない。裁決機関が、一方についてのみ判断し、他方についての判断を行わなければ、後者が裁決未了で依然として裁決機関に係属している状態にあり、判断遺脱であることは明白である。
5 仮に、争訟物が同一であり、本件が併合審査請求でないとしても、行政不服審査法四三条及び法一二条の二第二項の規定の適用上、判断理由如何によって差異が生じるのであるから、このような場合には、たとえ手続的理由について既に判断したとしても、拘束力の範囲、事後措置との関係で、さらに実体的理由についても判断する法律上の必要があり、これをしなかった以上は判断遺脱となるのである。
四 請求原因に対する被告の認否及び主張
1 請求原因1のうち、原告が、平成七年九月一一日、第二東京弁護士会に対し、入会を申し込み、同弁護士会を経て被告に対する進達を求めたこと、同弁護士会が、平成八年三月二六日、原告が法一二条一項前段所定の「弁護士会の秩序若しくは信用を害する虞がある者」に当たるとして、進達を拒絶する旨の本件原処分をし、同月二八日、原告に対し、その旨を通知したこと、本件原処分は、法五五条二項所定の手続を欠如し取消を免れないものであること、原告が、同月二九日、被告に対し、(1)本件原処分の取消及び(2)第二東京弁護士会に対する進達を命じる裁決を求めて本件審査請求をしたこと、原告が、同年四月七日、行政不服審査法一五条一項五号所定の事項を追完補正したことは認め、その余は否認する。
2 同2は認める。
3 同3は否認する。
4 同4のうち、被告が本件裁決においてその余の審査請求についてこれを棄却する等の主文を掲げなかったことは認め、その余は否認する。
5 同5は否認する。
6 被告の主張
(一) 法一二条の二第二項の規定は、行政不服審査法四〇条五項の規定の特則である。行政不服審査法によれば、審査請求に理由がある場合、裁決で当該処分の全部又は一部を取り消せば適法な裁決となるところ、被告は、登録審査に関し処分庁の上級行政庁であることから、裁決で当該処分を変更する権限を有するものであるが、本件原処分に手続違背が認められず、実体的請求理由が認められる場合については処分の変更を義務的とし、さらにその内容について弁護士会に対し登録又は登録換えの請求を命じなければならないものとしたのである。法が行政不服審査法の規定の特則を設けた趣旨は、もともと被告が弁護士名簿の登録に関して独立かつ最終的な処分権限を有することから(法八条、一五条)、登録に関して被告が弁護士会の上級行政庁であること、本件原処分に手続違背が認められる場合は別として、登録の請求を認めることが法一二条一項又は二項に掲げる事由に該当しないと判断した場合(法一五条一項参照)には単に弁護士会の処分を取り消すだけでなく、進んで登録の請求を命じる裁決をすべきことを確認的に規定したものである。このような法の趣旨からすると、法一二条の二第二項の規定は、被告が登録の請求を認めるについて、法一二条一項又は二項に掲げる事由に該当しないと判断した場合についての行政不服審査法の規定の特則を定めたものであり、被告が手続違背等法一二条一項又は二項に掲げる事由に該当しないと判断した場合以外の理由で審査請求に理由があると判断した場合については一般法である行政不服審査法によって裁決することを否定する趣旨まで含むものではない。
(二) 法一二条四項の規定によれば、弁護士会が進達を求められた後、三か月を経てもなお被告に進達をしないときは、登録を請求した者は、進達を拒絶されたものとみなして被告に審査請求をすることができることとされていることから、弁護士会において、法五五条二項所定の手続がされていない場合においても、かかる手続の履践をまたずに直接被告の判断を求める審査請求人の意思が確認できる場合には、審査請求の手続においても弁護士会の手続の瑕疵は治癒されると解しえなくもない。しかし、法一二条四項の規定は、請求人保護のための救済規定であるから、これを根拠に被告において裁量によって便宜的扱いをすることはできないものと解される。登録請求をした者は、弁護士会の資格審査会において陳述及び資料の提出をする機会を与えられることが法によって保障されているから、被告としては、審査請求人にこのような手続を保障すべく弁護士会の処分を取り消し、これに対して登録請求人が直ちに法一二条四項の規定に基づき再び審査請求をする場合等、法の規定に基づいて明らかに弁護士会における陳述及び資料の提出の機会を放棄したものとみなされない限り、裁量によってこれを奪うことは許されないからである。したがって、被告の本件裁決に違法はない。
(三) 被告が弁護士会から進達を受けた場合であっても、被告が法一二条一項又は二項に掲げる事由があって登録を拒絶することが相当と認めるときには、その登録を拒絶することができるものとされている(法一五条一項)。したがって、登録請求に関する限り、被告は弁護士会が進達した場合においても独自にこれを拒絶することができるのであって、いわんや弁護士会が進達を拒絶している場合において被告がこれを拒絶することができないとする理由はなく、たまたま弁護士会の進達拒絶に対する審査請求に対して看過することのできない手続違背が発見された場合に、弁護士会の進達拒絶処分を取り消すだけでなく、進んで弁護士会に対し進達を命じなければならないと解することは、法が認める被告の独自の判断権を侵害するものとして許されない。
五 被告の主張に対する原告の反論
1 被告の主張は争う。
2 被告が手続的理由で本件原処分を取り消す場合には、実体的理由を根拠に本件原処分を取り消す場合とは異なり進達を命令することができないとの解釈は、皮相、浅薄で実質的根拠のないものである。すなわち、法一二条の二第一項の規定は、一般的に「審査請求」と規定しており、性質、内容上、同項の規定の適用を受ける審査請求に差異限定があり得べき趣旨の文理表現を設けておらず、同第二項は、同項の規定の適用を受ける審査請求について、「前項の審査請求」と規定して、第二項でいう審査請求は第一項でいうそれと同一であることを明示し、審査請求の理由如何によって第一、二項の適用上、適用の有無について差異の生じる余地がないことを文理上明らかにしている。また、実体的理由と手続的理由は、一見両者の間に軽重が存在するように受け取られがちであるが、いずれの理由によるとはいえ、それら各理由で行政庁の処分を取り消すという制度を設けている以上は、手続的瑕疵であろうと実体的瑕疵であろうと、取消事由を構成する程度の重大かつ明白な程度に達している以上は、両者の間に差異はない。このように、差異のない瑕疵を理由に行政処分を取り消した以降の取消行政庁(審査庁)の対応が別異となるという事態は論理的に整合せず、取消後の措置は取消事由たる瑕疵の種類如何にかかわらず同一となるべきもので、行政不服審査法も取消後の事後措置が取消事由の種別如何に対応する規定をおいていないし、弁護士法においても同様である。原処分が実体的理由を根拠に取り消された場合は、実体についての判断が行われているから進達命令を出しうるが、手続的理由について判断されたに止まるときは、実体についての判断がされていないから進達命令を出しえないものと誤解されやすいが、審査庁である被告は、審査申立理由の存否を判断しているだけであり、自らが弁護士会として独自にするように包括的に登録事由の有無を判断しているわけではないのであって、被告は、審査庁として入会登録の可否を最終的に判断しうるというわけではないのである。このように、取消後、審査庁が進達という新たな処分を命じることとされているのは、審査請求という争訟によって原処分が取り消された場合には、そのような者に対し、早期に争訟解決の利益を与え保障しようという政策原理、政策的見地に基づくもので、その政策原理の実行担当者として審査庁である被告が選ばれたのは、争訟解決の担当機関であり、手続的に近接した位置におり、処分庁と異なり抵抗懈怠による政策実行の遅延の虞が少ないためである。
3 原告が、本件審査請求において、実体的理由による取消事由を明白に主張したのに対し、被告は、故意又は重大な過失に基づく違法行為によって、この点の判断を行わなかったにもかかわらず、本訴において自らの違法行為を不問に付し、本件では手続的理由で本件原処分が取り消され、実体的理由による判断がされていないから法一二条の二第二項の規定は適用されないとか、本件原処分の取消があっても進達命令を発する必要はないなどと実体的理由について判断のなかったことを前提とする主張をすることは、争訟の全経過に照らし、著しく信義則に反するか、あるいは権利の濫用として許されない。
六 原告の反論に対する被告の認否
原告の反論に係る事実は否認する。
第三 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 本件各訴えの適否の判断の前提事項である本件の経緯について
請求原因1のうち、原告が、平成七年九月一一日、第二東京弁護士会に対し、入会を申し込み、同弁護士会を経て被告に対する進達を求めたこと、同弁護士会が、平成八年三月二六日、原告が法一二条一項前段所定の「弁護士会の秩序若しくは信用を害する虞がある者」に当たるとして、進達を拒絶する旨の本件原処分をし、同月二八日、原告に対し、その旨を通知したこと、本件原処分は、法五五条二項所定の手続を欠如し取消を免れないものであること、原告が、同月二九日、被告に対し、(1)本件原処分の取消及び(2)第二東京弁護士会に対する進達を命じる裁決を求めて本件審査請求をしたこと、原告が、同年四月七日、行政不服審査法一五条一項五号所定の事項を追完補正したこと及び請求原因2は、いずれも当事者間に争いがなく、右争いのない事実と、いずれも成立に争いのない甲第二、第五ないし第一三号証に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められ、他に右認定を左右する証拠はない。
1 原告は、平成元年一一月二八日、第一東京弁護士会に対し、入会を申し込むとともに、同弁護士会を経て被告に対する進達を求め、同弁護士会が三か月たっても進達をしなかったので、進達を拒絶したものとみなして被告に対し審査請求を申し立てたところ、被告が、平成二年七月二四日付で、原告には法一二条一項前段所定の事由があるとして、審査請求を棄却する裁決をしたので、その裁決の取消を求めて東京高等裁判所に訴えを提起したが、同裁判所が、平成三年九月四日、原告の請求を棄却したため、最高裁判所に対して上告をしたが、上告が棄却されて右判決は確定した。
2 原告は、平成七年九月一一日、第二東京弁護士会に対し、入会を申し込むとともに、同弁護士会を経て被告に対して進達をするよう求めた。同弁護士会は、同年一二月一二日、同弁護士会資格審査会の審査に付し、同資格審査会は、平成八年二月二八日、原告には法一二条一項前段所定の事由があると判断し、原告の進達を可としない旨の議決をしたので、同弁護士会は、同年三月二六日、右議決に基づき、本件原処分をし、同月二八日、原告に対し、その旨を通知した。
3 そこで、原告は、同月二九日、被告に対し、本件審査請求をしたが、その審査請求書によると、審査請求の趣旨は、「原決定を取り消す。原処分庁は、請求人の原処分庁に対する入会申請及び請求人の弁護士名簿登録の進達請求に対し、それぞれ入会受理及び進達手続を行わなければならない。」というものであり、その審査請求の理由は、原決定には事実誤認と法一二条一項の規定の解釈適用を誤った違法があるというものであった。その後、原告は、同年四月六日、審査請求書の記載事項の一部に遺漏があったとして、処分庁から教示があった事項を補正し、同月一八日付上申書をもって、被告資格審査会に対し、本件原処分の事実認定の誤り及び理由不備等の主張をし、さらに、同年五月九日付審査請求理由追加書と題する書面をもって、被告に対し、第二東京弁護士会資格審査会が法五五条二項の定める手続である通知、陳述及び資料提出の機会の付与という審査における適正手続を怠り、原告の権利保護の要請に反して本件原処分を行ったという手続上の瑕疵があり、このような資格審査会の手続上の瑕疵は本件原処分の瑕疵として承継されているとの主張を追加し、同日付上申書(第二)をもって、被告資格審査会に対し、本件原処分の右手続上の瑕疵の主張を敷衍し、さらに、同年六月一〇日付上申書(第三)をもって、被告資格審査会に対し、同様の主張をしたほか、本件審査請求理由は、手続的理由、実体的理由を通じ、すべて併合的主張であり、手続的理由を主とし、実体的理由を従とする予備的主張ではなく、また、択一的な主張でもないこと、処分庁における資格審査会での手続の履践は、入会登録申請を認容する限り不必要であり、本件原処分の取消を命じながら、差戻をするのみで、進達命令をしない主文は理論的にありえないことを追記している。
4 被告資格審査会は、平成八年六月二五日、第二東京弁護士会資格審査会が法五五条二項所定の手続をとらなかったことを認定し、この瑕疵は重大で、同資格審査会の議決は取り消すべきものであり、これに基づいてされた本件原処分も取消を免れず、本件弁護士名簿登録請求は第二東京弁護士会に差し戻すのが相当であるとして、その旨の議決をし、被告は、同日、同資格審査会が右の議決をしたことを理由として、「第二東京弁護士会が、平成八年二月二八日付資格審査会の議決に基づき、平成八年三月二六日付をもってした審査請求人の弁護士名簿登録請求を進達することを可としない旨の処分を取り消す。本件弁護士名簿登録請求は第二東京弁護士会へ差し戻す。」との主文を掲げて、本件裁決をし、同月二九日、原告に対し、その旨を通知した。
二 本件差戻部分の取消を求める訴えについて
1 前認定のとおり、原告は、本件原処分に対する不服申立てとして、被告に対し、本件審査請求をしたのであるから、審査請求の対象は本件原処分の違法ないし不当であることはいうまでもないところである。原告は、本件審査請求の趣旨として、本件原処分の取消のほか、被告に対し、処分庁である第二東京弁護士会に対して入会受理及び進達手続を行わなければならない旨命じることを求めているが、右請求は、その形式からしても、不服申立手続における申立てである審査請求に当たらないことは明らかであり、原告の本件訴訟における主張に照らすと、原告は、法一二条の二第二項の規定が、被告が審査請求に理由があると認めるときは、弁護士会に対し進達を命じなければならないと定めていることから、被告に対し、本件原処分を取り消した後に、右条項の定める処分をすることを求める趣旨で右請求を審査請求の趣旨に掲げたものであると解される。
2 被告は、本件審査請求に対し、本件裁決をしたのであるが、本件原処分に手続上の瑕疵があることから本件原処分を取り消したもので、これによって、本件原処分の取消を求める本件審査請求という申立てに対する処分としては完結したものというべきであり、後に判断するとおり、法が被告に対してなすべきものと定める裁決の遺脱、判断の遺脱もない。
ところが、被告は、これに加えて本件差戻部分を主文に掲げたのであるが、法及び行政不服審査法上、このような裁決主文を予定した規定はないし、本件原処分の取消によって、第二東京弁護士会は、行政不服審査法四三条二項の規定に従い、差戻をまつまでもなく当然に、改めて申請に対する処分をしなければならないのである。また、被告は本件原処分の対象となった原告の進達請求を審査請求の対象として審査していたわけではないし、本件審査請求は、その対象となった本件原処分が本件裁決による取消によりその目的を達しているのであるから、いずれにせよ改めて被告が第二東京弁護士会に差し戻すべき対象となるものはない。
したがって、本件差戻部分は、結局のところ、本件原処分を取り消した結果、行政不服審査法四三条二項の規定によって、処分庁である第二東京弁護士会が当然に改めて原告の申請に対する処分を行わなければならないという法の趣旨解釈を確認的注意的に宣明したものにすぎず(法一二条の二第二項の規定の適用がないことを注意的に表明しているものとも解される。)、本件差戻部分の存在によって原告の法律上の地位に具体的な影響を生じさせるものではないというべきであるから、本件差戻部分には何の処分性もなく、その取消を求める利益はないというべきである。
原告は、本件差戻部分が裁決という形態で行われた一種の司法処分的行政処分としての公定力をもったものとして現存する以上は、権限ある機関である裁判所によって取り消されない限り、争訟上の意味においては有効に存在することとなるから、取消を請求する法的利益があると主張するが、本件原処分の取消によって生じた効力を除くと、本件差戻部分が存在することにより原告の法的権利義務関係には何の消長も来さない以上はその取消の利益がないことは明らかであるから、原告の主張は、採用することができない。
3 よって、本件差戻部分の取消を求める訴えは、その余の点について判断するまでもなく、不適法であって、却下すべきものである。
三 進達を命じることを求める訴えについて
1 原告は、本件審査請求において、原告が、本件原処分の取消のほか、第二東京弁護士会に対して進達を命じる裁決の申立てをしたのに、被告は本件裁決においてこれに対する判断及び裁決を遺脱したとし、これを前提として前記のとおりるる主張するうえ、裁決遺脱の結果、棄却したとみなした決定の取消とその違法確認を含む趣旨で、被告に対する義務づけ判決を求めている。
2 ところで、法一二条の二第二項の規定は、行政不服審査法四〇条五項の規定の特則として、上級行政庁である被告が、裁決で原処分を取り消す場合には、これと併せて、審査請求に理由があると認めるときは処分庁である弁護士会に対し、職権をもって右進達を命じるべきことを定めているが、これを審査請求人の申立てに係らしめているわけではなく、また、他に審査請求人にそのような申立権があることを示す規定も存在しない。このように、被告が進達を命じる処分をする場合についての法の規定の形式やそれが行政不服審査手続における新たな処分であること、さらには、後に認定するとおり、被告が原処分を取り消す場合でも、なおこの規定の適用がない場合があると解されることをも勘案すると、審査請求人には、原処分の取消を求める申立権のほかには、被告が弁護士会に対して進達を命じることを求める申立権はないと解するのが相当である。そうすると、これに対して被告が応答をすべき義務があるとはいえないから、その申立てに対する判断を遺脱したことを前提としたみなし棄却決定の取消とその違法確認を求める趣旨で被告に対する義務づけ判決を求める原告の請求は、棄却したとみなすべき申立て自体が存在しないというべきであって、前提自体が失当である。のみならず、原告が依拠する法一六条二項のいわゆるみなし棄却決定の規定は、被告が審査請求を受けた後三か月を経てもなお裁決をしない場合に、審査請求人を早期に救済するために特に創設された例外的な規定であるところ、原告が遺脱を主張している申立てというのは、審査請求ではなく、審査請求が認容された場合を慮って、これに付随してした申請にすぎないのであるから、審査請求に対して応答があったものの、これに付随してした申請に係る部分に対する応答がなかったからといって、その部分についてまで右法条が拡張されて適用され、被告がこれを棄却したものとみなすことができるなどという余地はないというべきであって、原告の請求は、前同様に前提自体が失当というべきである。
したがって、みなし棄却決定を前提として、原告が請求原因4において指摘する申立てについて裁決をしなかった違法、その理由を附記しなかった違法、みなし棄却決定自体の違法、進達請求を容れなかった本件裁決の法五五条二項所定の手続欠缺の違法、判断遺脱による違法の主張に基づく請求は、その前提を欠き、失当というべきである。
3 次に、原告は、請求原因3及び4において、本件裁決が権利濫用によって違法であると主張するが、本件全証拠によっても、被告には原告が主張するような権利濫用の違法の廉があると認めることはできない。
4 また、原告の請求の趣旨2の項に係る訴えは、被告が法一二条の二第二項の規定に従い、職権でなすべき裁決を遺脱(その前提となる判断の遺脱の場合を含む。)したことの違法を前提として、その違法確認を含む趣旨で、被告に対する義務づけ判決を求めるものであると解してみても、以下において認定判断するとおり、本件裁決には裁決の遺脱も判断の遺脱もないばかりか、被告に対する義務づけ判決をすべき要件を欠くものであるから、いずれにしても、義務づけ判決を求める訴えは不適法というべきである。
5(一) まず、法一二条の二第二項の規定の法意についてみるに、法一二条の二第二項の規定によれば、被告は、被告に対する進達を拒絶した弁護士会の処分に対する審査請求に理由があると認めるときは、処分庁である弁護士会に対して進達を命じなければならないものとされており、文言上は、被告が進達を拒絶した処分庁である弁護士会の処分を取り消した場合には、その取消事由の如何にかかわりなく、常に、進達を命じなければならず、その結果、審査請求人の進達が直ちに実現されるべきことを規定しているように見え、現に、原告はその旨の主張をするけれども、右規定は、被告が処分庁である弁護士会の手続上の瑕疵を理由としてその処分を取り消す場合には適用がないものと解するのが相当である。その理由は以下のとおりである。
(二) 法は、弁護士となるには、被告に備えた弁護士名簿に登録されなければならないこと(八条)、弁護士となるには、入会しようとする弁護士会を経て被告に登録の請求をしなければならないこと(九条)を定めたうえ、被告への進達の請求を受けた弁護士会は、資格審査会の議決に基づき、弁護士会の秩序若しくは信用を害する虞がある者又は心身に故障があるなど弁護士の職務を行わせることがその適正を欠く虞がある者や登録の請求前一年以内に当該弁護士会の地域内において常時勤務を要する公務員であった者でその地域内において弁護士の職務を行わせることが特にその適正を欠く虞がある者については、その進達を拒絶することができ、その処分に対して不服のある者は被告に対して審査請求の申立てをすることができるものとする(一二条)一方、被告は、弁護士会から進達を受けた場合であっても、法一二条一、二項に掲げる事由があって登録を拒絶することを相当と認めるときは、資格審査会の議決に基づき、その登録を拒絶することができるものと定められており(一五条一項)、また、弁護士会は、弁護士が法一二条一項一、二号、二項に掲げる事項について虚偽の申告をしていたときは、資格審査会の議決に基づき、被告に登録取消の請求をすることができるものと定められている(一三条一項)。このように、法が、司法修習生の修習を終えた者等について弁護士となる資格を付与しながら(四条)、弁護士となるためにはさらに右のように厳重な要件を定めたうえで厳格な取消手続を要求しているのは、弁護士が基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とし、その使命に基づき誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならないものとされていて(一条)、そのために、常に、深い教養の保持と高い品性の陶やに努めること(二条)が求められているからにほかならず、弁護士の団体である弁護士会によって設立され、弁護士の品位を保持し、弁護士事務の改善進歩を図るため、弁護士の指導、監督等に関する事務を行うことを目的として設立された被告(四五条)に、その登録手続を独占させ、このような職務を行う弁護士としてふさわしい者であるか否かを審査させることとしたものと解される。
一方、法が、行政不服審査法四〇条五項の規定の特則として一二条の二第二項のような規定を置いているのは、被告が弁護士名簿の登録に関する最終的な権限を有することから、被告において、当該進達の請求には法一二条一、二項所定の拒絶事由がないと判断することができるのに、処分庁である弁護士会が誤って進達を拒絶したような場合には、その処分を取り消したうえ、処分庁である弁護士会に改めて進達請求を審査させるまでもなく進達を命じるべきであるとの趣旨に基づくものと解される。
このような法の趣旨に鑑みると、被告が進達拒絶の処分に対する審査請求の裁決をするに当たり、処分庁である弁護士会のした処分に手続上の瑕疵があって、その処分を取り消すべきものと判断するときにも、原処分の取消と併せて、必ず進達を命じなければならないものとすると、その登録の請求に法一二条一、二項所定の拒絶事由がある場合でも登録進達の請求を認めなければならないという事態に陥り、右にみたような弁護士の使命及び職責に照らして設けられた厳格な登録審査手続制度の趣旨及び目的に著しく反する結果を招来することとなるのであるが、そのような法の趣旨に明らかに反する結果を受容すべき合理的理由を見出すことはできない。
したがって、法一二条の二第二項の規定は、登録に関する最終的な権限を有する被告において、当該進達の請求には法一二条一、二項の拒絶事由がないと判断できるのに、処分庁である弁護士会が誤って被告への進達を拒絶したときに、その拒絶処分を取り消すような場合に適用される規定であって、処分庁である弁護士会のした処分に手続上の瑕疵があるため、その処分を取り消す場合には、適用の前提を欠くものであるといわなければならない。なお、行政不服審査手続における職権審理主義の原則からみても、審査庁である被告は、弁護士会の進達拒絶に対する審査請求について、不意打ちとならない限り、原処分の処分理由に拘束されることなく、法一二条一、二項所定の進達拒絶事由の存否全体にわたって審査をすることができるものと解するのが相当であり、これに反する原告の主張は、採用することができない。そして、そのように解して初めて前記のような法の趣旨の実現を図ることができるものというべきである。
(三) このように、処分庁である弁護士会のした処分に手続上の瑕疵があるため、被告が審査請求に対する裁決において原処分を取り消すべきものと判断する場合には、原処分を取り消し、あらためて処分庁である弁護士会に資格審査手続をやりなおさせたうえで進達の請求の当否について判断させるべきものである(ただし、原処分の手続上の瑕疵が軽微であるため、被告資格審査会において進達請求の当否について審査することが原告の手続保障に欠けるところがないといえる場合には、進んで進達請求の当否について判断することもできるものと解される。)。
本件においては、処分庁である第二東京弁護士会(資格審査会)において遵守すべき原告のための手続保障規定を遵守しないという軽微とはいえない手続上の瑕疵があるため、被告(資格審査会)における適正手続を履践しただけでは、その瑕疵を治癒することはできないとの判断のもとに、進達の請求の当否についての審査判断には及ばなかったものと解せられるところ、その判断は正当と認めることができる(なお、法五五条二項の手続保障の規定は専ら申立人の利益のための規定であると解されるから、申立人において、その手続上の瑕疵について責問権を放棄したうえ、実体上の拒絶事由がないことを主張して、進達を拒絶した処分庁の処分の取消を求める場合に、被告の資格審査会において、法一二条一、二項の拒絶事由がないとの議決に至れば、被告は、法一二条の二第二項に従い、原処分の取消と併せて、弁護士会に対して進達を命じることができることはいうまでもない。)。
6(一) 原告は、本件審査請求において本件原処分の事実誤認及び法一二条一項前段の規定の解釈適用の誤りという実体的理由のほか、手続的理由を主張し、両者は請求理由の客観的併合であることを明らかにしていたのに、被告が実体的理由についての判断をしなかったのは判断遺脱であると主張するが、本件審査請求の審査の対象(原告のいう争訟物)は本件原処分の違法それ自体であって、本件原処分に存する実体上の瑕疵や手続上の瑕疵は、それを理由付ける事由にすぎないと解するのが相当であるから、被告において本件原処分には手続的瑕疵があって取消を免れないと判断した以上は、さらに進んで、原告主張の客観的併合であると明示している実体的瑕疵に関する主張についての判断をもしなければならないものではない。特に、原告が、本件原処分における手続上の瑕疵についての責問権を放棄したうえで、本件原処分の実体上の瑕疵についての裁決を求めている場合はともかく、本件原処分の手続上の瑕疵を理由としてその取消を求めており、明らかに手続上の瑕疵が認められる以上は、被告としては、処分庁における適正な手続の履践をまって、実体上の理由の当否の審査に当たるのが法の規定する進達に関する審査の論理的原則的順序というべきである。
原告は、被告が手続上の瑕疵だけを取り上げて本件原処分を取り消す裁決をした場合には、審査請求における審査の対象が二個に分離したものと解すべきであると主張するが、原告の右主張は、採用することができない。
(二) さらに、原告は、法一二条の二第二項の規定の適用上の、実体的瑕疵と手続的瑕疵に対する判断の理由いかんによって差異が生じるから、このような場合には、拘束力の範囲、事後措置との関係で、さらに実体的瑕疵についても判断する法律上の必要があると主張する。
ところで、法五五条二項の規定は、弁護士会ないし被告の資格審査会が進達を拒絶することを可とする議決をする場合には、予め当事者に対してその旨を通知し、かつ、これに関して陳述及び資料の提出をする機会を与えなければならないという適正手続の保障を定めた規定であるところ、弁護士会の資格審査会が進達の拒絶を可とする議決をするに当たり、このような適正手続保障の規定に違反したという軽微とはいえない手続上の違法を冒した場合には、その資格審査会の議決に基づいてされた原処分にも手続上の瑕疵が承継され、進達を請求した者の手続上の権利を害した以上は、原処分の違法が明らかであるから、申立人が責問権を放棄しない限り、直ちにこれを取り消すべきものである。そして、原処分の実体上の瑕疵が一見明白であって、処分庁である弁護士会に改めて手続の履践を命じることが申請人の権利の実現のために迂遠であることが明らかであるような特別の事情がある場合であればともかく、本件は、原告が従前にも同様の進達を請求したが、法一二条一項前段所定の事由があるとして進達が拒絶され、その拒絶処分が確定したのに対し、改めて原告から請求された進達を拒絶した本件原処分に対して審査請求がされたというものであって、本件原処分の実体上の瑕疵、すなわち、法一二条一項前段所定の事由の存否の判断は慎重に審査されるべきものであり、本件証拠上その違法性が一見して明らかであるなどとは認めることができないし、被告資格審査会が改めて原告に対する適正手続を保障したうえで資料を収集しただけでは、処分庁である弁護士会における審査手続において保障されるべき手続保障の欠缺の瑕疵を治癒させることはできないから、被告としては、手続上の瑕疵の存在を理由に原処分を取り消すに止め、処分庁である弁護士会に改めて適正な手続を履践させたうえで審査を尽くさせるべきものであって、審査庁である被告が、手続上の瑕疵のある処分庁である弁護士会の審査を前提とし、あるいは処分庁である弁護士会における適正手続のもとでの審査を省略して、原処分の実体上の瑕疵について審査判断を行うべきものではない。このことは、原処分の取消が実体的瑕疵に基づくか手続的瑕疵に基づくかによって法一二条の二第二項の適用上、差異が生じるからといって、原告が主張するように別異に解すべきものではない。
(三) したがって、被告が本件審査請求に対する裁決において、原告が主張する原処分の実体上の瑕疵について判断をしなかったことには判断遺脱(ひいては裁決遺脱)の違法があるとはいえない。原告は、本件審査請求において、原告が実体的理由による本件原処分取消事由を明白に主張したのにその判断を行わなかったにもかかわらず、本訴において実体的理由についての判断の無かったことを前提とする主張をすることは信義則違反ないし権利濫用であると主張するが、右に説示したところに照らせば、原告の右主張は、主張自体失当というほかはない。
7 次に、原告の申立てに係る義務づけ訴訟の適否について検討するに、そのような訴えは、少なくとも、行政庁である被告が進達を命じるべきことについて法律上覊束されていて自由裁量の余地がないために第一次的な判断権を被告に留保することが必ずしも重要ではないと認められ、かつ、裁判所の事前審査を認めないことによる損害が大きく、事前の救済の必要が顕著であるような特段の事情がある場合に初めて認められるものと解されるところ、前者の点についてはさておき、被告が殊更に害意をもって原告の進達の請求についての審理を遅延させ原告の登録を妨害していると認めるに足りる証拠はないし、原告の主張するような手続の完結までに日時を要する点については、多少の程度の差はあれ、どのような行政処分の場合にもいえることであって、それだけでは、右のような特段の事情があるとはいえない。かえって、法は、弁護士会の審査が遅れ、申立後三か月を経ても進達をしないときには、進達を拒絶したとみなして審査請求を提起し(一二条四項)、また、被告の審査が遅れ、申立後三か月を経ても登録をしないときには、審査請求を棄却したものとみなして訴訟の提起をすることができる(一六条二項)ものと定めて、審査の遅延によって進達を求める者の利益が不当に害されることのないような手当てを施しているのであるから、弁護士会及び被告の審査を省略してまで裁判所による事前救済が必要であるものとはいえない。
したがって、被告に対して原告の進達を命じることの義務づけを求める訴えは、その要件を欠くことが明らかである。
四 予防的義務づけ及び予防的確認の訴えについて
原告は、被告に対し、処分庁である第二東京弁護士会が、改めて原告の進達を求める請求を審査して進達を可とする処分をした場合に、その進達を受理し、かつ、弁護士名簿に登録記載することを請求するが、第二東京弁護士会が未だ進達を可とする処分をしたと認めうる証拠はないし、仮にそのような処分がされた場合でも、その手続上、実体上の正当性の審査をするまでもなく、被告が進達を命じるべきことについて法律上覊束されているわけではないのであるから、この点において、右訴えは、義務づけ訴訟を認めるべき要件を欠いており、不適法というほかはない。
さらに、原告は、予備的に第二東京弁護士会が行う進達を可とする処分に対して、被告が弁護士名簿に登録記載しない処分が違法であることの確認を求めるが、原告の主張事実を考慮しても、第二東京弁護士会の進達に対する被告の進達拒絶の裁決をまって、これに関する訴訟において、事後的にその進達拒絶の裁決の違法性を争うのでは、回復しがたい重大な損害を被るおそれがある等の特段の事情があるということはできないから、原告が予め、右のような確認を求める法律上の利益はなく、右訴えは、不適法というべきである。
五 結論
以上によれば、原告の本件訴えは、いずれも不適法であるから却下し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官清永利亮 裁判官小林亘 裁判官佐藤陽一)